[ イソシギ:江戸川河口の干潟の風景 ]

 夏の一日、江戸川の河口、行徳橋辺りの河川敷を歩いてみた。
 この橋は水門構造で、せきとめられた何万尾もの小魚の群が南側の水面にうねりを作り、さざ波の間から銀色の魚体をピンピン跳ね飛ばしている。地元の子供らはハゼだと主張するが、まさか。もっと小さく敏捷な連中である。
 橋の周囲は休日ともなれば大そうな人出になる。賑やかな大型の屋形舟、走り回る水上スキー、そして川岸にはぎっしりと居並ぶハゼ釣り客………。
 だが、そんな人込みに同居して、意外にも、よく見れば、昔ながらの自然の一部が今も根を張っているのを見てとれる。その同居を支えているのは、両岸に鬱蒼と拡がる葦原だ。
 ハゼ釣り竿を並べる釣り人達の背中から1mと離れていない葦原の中には、驚くほどの数のアシハラガニが潜み、白く大きなハサミを抱えて人々の気配をじっと伺っている。ハサミは大きなもので差し渡し6cmはあろう。気まぐれな子供に棒でつつかれても狭い葦原の中を滑るように走り去ることができる彼らは、人を恐れる様子も見せず、釣り人らの背中を見ながら、彼らが去るのをじっと待つ。そして大方の釣り人も、そんな彼らにはまるで関心がなく、川面をじっと見続ける。この奇妙で微妙で静かな緊張関係が、ユーモラスで面白い。
 潮が引くと、葦の茂みに囲まれて、ちょっとした広さの干潟が姿を現す。思いのほか固く締まったセピア色の川底に降りて、水際近く、葦もまばらになる辺りまで踏み進んでみると、干潟一面に無数の小さな穴が開き、それと同じほどの数の2cmほどのチゴガニ達が、餌を口に運び、ハサミを振り、ひしめいている。
 水際には数cmの小さなトビハゼの姿も見える。彼らは人の気配に敏感だ。咳ばらい一つで、バネ仕掛けの玩具のように水たまりを必死で飛び跳ね、何mも先まで逃げていく。魚のくせに、土の上でも平気で走るのだ……。彼らの様子は微笑ましく、いつまでも見飽きることがない。
 そんな彼らを狙ってサギ、チドリ、シギなどの鳥も集まってくる。辺りの水面をツバメのように快活に飛び回るイソシギの印象的な高い声は、広い葦原を挟んだ土手の近くからもよく聞こえる。
 水辺に降りた一羽のイソシギの視点から、江戸川河口の風景を見たらどうなるか………。
 ふと、画興が涌いた。

(2009.8.25 寺越)
                           
※ 市川市の広報誌「City Voice」市制60周年記念号(1994年)に絵と共に寄せた原稿を一部改訂しました.
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イソシギ:
江戸川河口の干潟の風景

 

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to "Common sandpiper: On a mud flat at the mouth of the Edogawa river, Japan"
作品番号: 94-09300
制作年月日: 1994.09.30
ファイルサイズ: 20 X 26 cm / 350 dpi
画材: デジタルペイント
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